動かなくなった璃華様を前に、返り血に塗れた体を動かせずにいた。僕は間違いなく聞いた。璃華様の「愛している」という言葉を。いつの間にか落としてしまっていた璃華様の眼球に目をやる。
 「美しく、ない」
 至高の美しさを理由に欲していた璃華様の目。それが今は、汚れ、曇ったガラスのようだった。
 
 『貴方が新入りですね。よろしく、ね』
 
 『愛しているわ』
 
 璃華様の声が、笑顔が、輝かしかった目が、僕に向けられた璃華様のすべてがフラッシュバックする。
 
 「うあ、あ……ああああああああ!!!」
 なんてことだ、今更気づくなんて。
 たしかに璃華様は美しい。だが真に美しかったのは、『僕を想ってくださっている璃華様』だったのだ。
 彼女は僕を想ってくれていた。関わる機会がほとんどなかったから、きっと一目惚れだったのだろう。僕と同じで。
 ナイフを引き抜き、『璃華様だったもの』と、『璃華様の眼球だったもの』をめった刺しにする。こんなものはもう璃華様ではない。僕が慕い思い焦がれていた『璃華様』は、僕がこの手で壊してしまった。
 
 自らの両目に指を突っ込み、ぐちゃぐちゃにかき混ぜる。激痛が走るが、こんなもの璃華様に比べたら。璃華様を失った苦しみに比べたら大したことはない。
 目から液体がどろどろとこぼれ落ちる感触を味わいながら、ナイフを持ち直す。見えなくても、自分の体の位置はわかるのだ。
 ぐさり。と、喉笛にナイフを突き立てる。鉄錆のような匂いと味が口内に広がる。このまま放っておけば僕は死ぬだろう。でもそれでは駄目だ。
 先ほどめった刺しにしたせいで胴体から離れていた璃華様の腕を拾い上げる。そして最後の力を振り絞り、璃華様の手で、自らの手で、自らの心臓を突き刺した。これで気兼ねなく、『彼女』のあとを追える。
 
 「すまなかった……今行くよ、璃華」
 
 声にすらなっていない掠れた吐息で、僕は生前最期の言葉を告げた。
 
 
 『君の目が欲しい』

 なんて愚かな願いだっただろう。
 彼女の目。それはとっくに僕のものだったのに。