恋人が、死んだ。
 俺の目の前で、トラックに撥ねられた。即死だった。
 俺はもうじき三十路を迎えるし、彼女も25になったばかり。研究者であった俺が忙しかったため話題には上がらなかったが、時が満ちたら俺たちは結婚する。そう信じて疑わなかった、そんなある日。
 研究についてふと気になることがあり、彼女とのデート中にも関わらず、考え事をしながら雪道を歩いていた。俺が急に物思いに耽ったり考え事をするのは頻繁にあったことで、彼女もそれを理解し、黙って隣を歩いてくれていた。そのあとふっと我にかえり、彼女に謝罪をする。彼女は笑って、いつものことだと俺を許す。そんな俺たちにとってのありきたりな日常が続く、はずだった。
 
 歩行者信号が点滅し、赤色に変わる。彼女が足を止める。大学のレポートが長引いて寝不足だった彼女は、俺が会話を止めたのもあり、軽く目を閉じて欠伸をする。うすらと目を開けたとき、彼女はさぞ驚いたことだろう。
 
 俺は、赤信号にも足を止めた彼女にも気づかず、道路を渡りかけていたのだ。
 クラクションを鳴らしながらトラックが近づく。そこでようやく俺は自分が道路の真ん中にいることに気がつく。凍った路面のせいでトラックは止まれない。死を覚悟した。直後、背中に走る衝撃と、衝突音。