【朝も、昼も、夜も、】




 町はずれにある古民家に住む小説家の伊織さんとお付き合いを始めてそろそろ一年。
 家にお邪魔することも増え、伊織さんの愛犬、柴犬のポチくんとも仲良くなり、心からの幸せを感じていた、秋の日のこと。

 ポチくんが突然、いなくなってしまった。

 あちこち探し回ったけれど見つからなくて、がっくりと肩を落として伊織さんの家に戻る。

「しのぶさん、そんなに落ち込まないでください。きっとすぐに帰って来ますから」

 伊織さんはそう言って、温かいお茶を煎れてくれた。

「鼻の頭、赤くなっていますよ。風邪でもひいたら大変です」

 季節は秋から冬へと移り変わっていく。明日からはもう十一月で、最近はひどく冷え込む。
 ポチくんだって寒いはずだ。ポチくんが風邪を引いたら。迷って寂しがって、ないていたら……。


 伊織さんはわたしを咎めない。ポチくんがいなくなったのはわたしのミスなのに。
 伊織さんの家に入るとき、両手に荷物を抱えていて門を閉めなかった。閉め忘れたまま庭でポチくんと遊んで、やかんがぴいぴい鳴ったから、ポチくんを置いて台所に走った。
 戻ったら、ポチくんはもういなかった。

「ごめんなさい、伊織さん……わたし、もう一度探しに行ってきます」

「しのぶさん、そんなに気に病まないでください。犬は優れた帰巣本能があると聞きますし、数百キロ離れた場所からでも帰ってきたという事例もたくさんあります」

「数百キロ……」

 途方もない距離だ。もしポチくんがうっかり迷ってどこか知らない場所に行って、そこで偶然道路工事が始まって、車の事故で通行止めになって、アヒルの大群が道を塞いで、動物園から逃げ出した猿の捕獲作戦まで始まって、ポチくんがいる場所が包囲されて抜け出せなくなってしまったら……。
 どうしよう、それじゃあいくら帰巣本能があっても帰れないじゃないか……。

「あの、しのぶさん? そんなに絶望しないでください」

「……でも伊織さん、もし、もしですよ? もし万が一、いえ、億が一ポチくんが戻って来なかったら……。ちゃんと責任を取らせてください……」

「え……? しのぶさん、それって、」