空気がたりない。苦しい苦しい。


上へ上がらないと。もっとほしい、空気が空気が。


ゆらゆらゆれる水面。射し込んでくる光。


次第にぼんやりとしてくる意識の中で、わたしは空気を求めて手を上に突き出す。


「ちょっと、何してんだよ!」


突然聞こえた声と同時に、腕を思いきり引っ張りあげられた。そのときに水を飲み込んだわたしは浴槽にもたれかかって、「ゴホゴホッ」と大きくむせた。しぼみきった肺に大量の空気が入ってくる。


「大丈夫か?」


そう言いながら、大きな手で丸くなってむせるわたしの背中をさすられる。


その声に少し顔をあげると、思い切り顰めた目にいつでも冷静な彼の焦る顔が映った。


見なれた自分の家の浴室の中で、全裸で浴槽につかるわたしと、はねかえった水でスーツをびしょびしょに濡らした彼。……とんだ茶番だな。


そんなことをぼんやり考えながら、ぜえぜえと息をする。


「……ほんと、大丈夫? 何で溺れるんだよ、こんな狭い浴槽で」


心配そうに聞いてくる彼に、わたしは気まずくなる。


「えっと、何て言うか……溺れた魚の真似?」


言った瞬間、彼の顔が一瞬きょとんとした表情になり、それからすぐ呆れた顔に変わった。


「……はあ? 馬っ鹿じゃねえの!」