「……傘、持っていけよ」



小さく音をたてて、ドアが閉まる。

とたんに足の力が抜けて、私はぺたりとその場に座り込んだ。



「はあ……」



詰めていた息を吐くと、やっと時が動いたように感じる。

驚いた、なんて言葉だけじゃ、とても言い表せられない。

本当に、心臓が止まるかと思った。

カーっと頬が熱くなって、涙までにじんでくる。



「……キス、されるかと思った……」



思わずそう口に出してから、また、体温が上がったような気がした。

震える両手のひらで、熱さを確かめるように自分の頬を包む。


──あそこで、辻くんがやめなかったら。今ごろ、どうなってしまっていたんだろう。

きっと胸のドキドキは、こんなものじゃ済まなかったに違いない。



『わかってない。俺がいつもどんな気持ちで、おまえのこと見てるのか』



すっぽりと、囲われてしまった。彼の腕や、胸板や、空気に。

自分の小さい体なんて、ひ弱でちっぽけなものだった。


……いつかの、テニスボールから庇ってもらったとき。

部活のユニフォームを着ていた、あのときとはまるで違う。



『……抵抗すんなら、もっとちゃんとしてくれよ』



低く響く声。熱っぽい瞳。

湿った濃い雨の匂いに混じって、知らない男の子の、匂いがした。