彼女がまた逃げだしたりしないよう、掴んだ手首は放さないまま再度口を開く。



「それと……なんで、泣いてんの」



気づかれていないと思っていたのか、俺のセリフに彼女の肩が揺れる。

少しだけ、繋がった手に力を込めた。



「具合でも、悪いわけ? それとも、金子のこと?」

「………」

「……別に、言いたくないなら、いいけどさ」



黙り込んだままの彼女の手首から、自分の手をそっと放す。

ゆっくりと足を進めた俺は、蓮見に向かい合うように正面へと回り込んだ。

すん、と鼻をすする音が、小さく聞こえる。



「理由は、言わなくていいけど。……だけど俺、おまえにこうやって目の前で泣かれるとどうしていいのかわかんなくなって、困る」

「……困る、の?」



少し意外そうな響きを含んだ言葉とともに、ようやく、彼女の顔が上げられた。

やはり瞳には涙が揺らめいていて、うっすら赤くもなっていたけれど。

その表情には声音と同様に、驚きが滲んでいる。



「ああ。……なんだよ、その顔」

「だって辻くん、あのときも、全然気にしてないふうだったし……」



『あのとき』。彼女が失恋をして、そして廊下の片隅にしゃがみこみながら、人知れず涙を流していたときのことだろうか。

その状況を思い出した俺は、無意識に眉を寄せて複雑な顔をする。



「……悪かったな。あれでも必死に平静を装ってたんだよ」

「え、ええ?」



口から出たのは、ぶっきらぼうな言葉だ。目を丸くした蓮見にバツが悪くなって、思わず視線を逸らす。

すると泣いていたはずの蓮見は、なぜかくすくすと控えめに笑っていた。