「あ、私、セミナー室の掃除当番だから……」



言いながらセミナー室の前で立ち止まった彼女にならい、その場に足を止める。

再び振り向いた俺の視線の先で、蓮見はまた、頼りなさげな笑みをみせた。



「えと、さっきはほんとにありがとう。辻くんは、これから部活なんだよね? がんばってね」



『がんばって』。社交辞令だろうけど、すきな相手の口から出たそのセリフに少なからず感動を覚える。

それと同時に沸き起こったのは、ほんの欠片だけでも、今目の前にいるこの女の子の抱える悲しみや不安を取り除いてやりたいという思い。

歯切れ悪く、ほとんど無意識に引きとめた。



「……あー、あのさ」

「ん?」



ドアに向きかけていた体をこちらに戻した蓮見が、首をかしげる。



「これから、また……さっきみたいな場面に、出くわしたら」

「う、ん?」

「俺でよかったら、いつでも壁にでもなんでもなるから」



『だからンな顔すんな』、なんて。少し恥ずかしい続きの言葉は、さすがに続けなかったけど。

蓮見にはやっぱり、さっきみたいに無理してる顔じゃなくて……坂下とか新井田あたりといるときみたいな、楽しそうで明るい笑顔が似合うと思う。



「………」



……思うから、さっきの言ったんだけどさ。こんなふうに驚き顔で見事に固まられると、若干こっちも戸惑うんですが。