「おー辻っち! はよっす!」

「……あ~……はよ。つーか坂下、その呼び方やめろって前から言ってんじゃん」

「まあまあいいじゃないか!」



そう言って、けらけらと笑う佳柄。

自分の横で会話をするふたりの声が耳に入ってくる、けれど。私はその場で固まったまま、自分のつま先を見つめて顔が上げられない。

……なんで、このタイミングで、辻くんが……!

内心頭を抱える私の胸中なんてつゆ知らず、佳柄が無邪気にまた口を開く。



「辻っち、今日朝練は?」

「昨日雨降っただろ。で、グラウンドひでーことになってっから、今朝はなし」

「おお、外の部活動は大変だねぇ」



佳柄の質問に答える辻くんが、チラリと私に視線を向けたのがなんとなくわかった。

それに気がついてはいても、うつむいている顔を上げられるはずもなく。

脳裏に思い出されるのは、休み中にも何度となく浮かんだ、金曜日の出来事で。


ズキズキと痛む胸と、人気のない廊下と、見下ろしてくる黒い瞳と、



『言っとくけど、本気だから。覚悟しとけよ』



予想外に真剣な、声。



「──っか、えっ!」

「ん?」



不自然な間合いで名前を呼べば、佳柄が不思議そうな顔でこちらを振り向く。



「ごめん私、ちょっとトイレ行ってくるね……!」

「おおはすみん! 手遅れになる前に急ぎたまえっ!」



びしっと片手を挙げながら、そんなちょっと恥ずかしい言葉をかけられた。も、もう、佳柄ってばー!

でも、今はそこに抗議をする余裕はない。とっさに嘘をついた私は、足早にその場から──……辻くんから、逃げ出した。



「そうかはすみん、トイレに行きたかったから何かヘンだったのか~」

「………」



彼が、そんな私の後ろ姿をじっと見つめていたことにも、気づかずに。