学校から帰ると、家の中はバニラビーンズのにおいであふれていた。

またか。

玄関でローファーを脱ぎながら、あたしはため息をつく。


「おかえり、あおい。今日はシュークリーム焼いたのよ」

リビングの扉を開けてママが顔を出した。

「もう、ダイエットしてるからお菓子つくるのやめてって言ってるじゃない」

あたしはぎこちなく笑ってみせる。

最近、ママの前でちゃんと自分が笑えているか、ときどき不安になる。

「そんなこと言って。結局食べるくせにぃ」

バニラビーンズのにおいよりも甘ったるい声でママが言った。


やめてよママ、そんな声でしゃべるの。

変だよ、似合わないよ。


叫び出したくなるような衝動がこみあげて、あわててそれをのみこむ。

ママはあたしのそんな様子には気づいていないみたいで、あたしの腕に自分の腕をやわらかく絡ませてくる。まるで少女のように、ふんわりと。


気持ちわるい。

さりげなくママの手をふりはらって、リビングに入る。


予想通り、ダイニングテーブルの上には、山のようなシュークリームがあった。

「あおいが帰ってくるの待ってたの。お茶にしましょう。紅茶、いれるわね」

パタパタとダイニングに駆けていくママを横目に、あたしはゴミ箱の中を覗き込んだ。

そこには、昨日ママが大量に焼いたくるみ入りのパウンドケーキが突っ込まれていた。


「レモンにする? それともミルク?」

こぼれるような笑顔でママがふりかえる。

「ミルク」

ゴミ箱を見おろしたまま、あたしは答えた。
ちょっとでもなにか考えたら、泣き出してしまいそうだった。


だから、あたしは思考を止めた。