ホテルのエントランスを出ると、湿気を含んだ冷たい空気にぶるっと身震いして首元をたぐり寄せる。身も心もまるで氷のようだった。なにも知らずにスフラに採用され、今までドジばかりだったけれど、それでも一生懸命やってきたつもりだった。けれど、裏で自分は会社のプログラムに利用され、心を開いていた人にまで利用されていた。石堂さんはスフラグループの御曹司で、おまけに婚約まで決まっている。サンドバッグになって、ボコボコに殴られたような気分だった。

――俺には時間がないんだ。

――本部にはいい報告ができそうだな……。

そんな時、ふと前に石堂さんが独り言のようにつぶやいていた言葉を思い出した。その時は、いったいなんのことだろうと思っていたけれど、今思うとこういうことだったのかと腑に落ちた。

明日から普通どおりに仕事……できるのかな――。

いくら打たれ強い私でも、さすがにショックで笑顔をつくる自信がなかった。

それでも石堂さんのことが好きって言える――?

もうひとりの私が心の中でそう問いかける。好きになるのは自由。けれど一方通行の恋は虚しい。

私、石堂さんのこと――。

厳しい言葉をぶつけられても、最後には笑いかけてくれた。それが例え偽りだったとしても、私は石堂さんを信じていたかった。

やっぱり、好きな気持ちはそう簡単に消すことなんてできないよ――。

泣きたい気持ちを堪え、私は人が行き交う渋谷駅の改札を潜った。