お母さんが出勤していき、私は急いで自分の部屋に戻る。
迅はデスクで私の本棚から出したらしい小説を読んでいた。暇つぶしは、小説に落ち着いたのだろう。

「活字、読むの久し振り」
「迅、読まなさそうだもんね」
「漫画専門だけど、マナカの部屋ないもんなぁ」

確かに私の部屋に迅が興味を持てそうなものはない。漫画雑誌くらいは買ってきてあげようかな。

「私、そろそろ学校行くね。お母さんは夜まで帰らないから、自由にしてて。学校と予備校の間に寄れると思う」
「おう、俺のことは気にすんなよ」

鞄を持って、ドアに向かうと、迅がひと言声をかけてくる。

「言い忘れてたけどさ。俺のミサンガ、手首につけてるのな」

私は左手首を見下ろす。言われるまで忘れているほど手に馴染んだミサンガは迅の遺品だ。

「もとは私が作ったものです」
「うんうん、そうだよな」

迅は自分の左手も持ち上げて見せてくれる。その手首には赤いミサンガが巻きついていた。
ミサンガは迅の最後の瞬間まで彼の傍にあったのだろう。

「オソロイだな。カップルみたいじゃん」
「馬鹿言わないの」
「ごめんごめん。マナカにも似合うよ、赤」

私は少し笑って、部屋を出た。
本当は迅の無邪気な言葉に、鼓動が速くなって顔を見られなくなったのだけれど。