野宮さんは数秒黙り込むと、息を吐き出すのと同時に力を緩めた。


「成程ね....じゃあ栄治君は車に乗りなさい。私が送っていくから。千恵さんはここで坂目から話を聞いてやってくれないかな?」


「え?で、でも....私学校行かないと」


「それなら学校まで坂目が送っていく。歩きながらでも事情聴取は出来るからね。他に不服な点は?」


「....ないです。」


「ちょ、ちょっと待って下さい。俺も学校に用事が」


野宮さんはキッと俺を見つめた。この人は何かと俺に厳しいようだ。


「まずは病院。....逆にそれより大事な事なのかな?学校にある用事は....」


「大丈夫だよ西条君。私一人で」


「千恵....でもよ...」


「大丈夫。西条君には色々と迷惑掛けたから、私一人でやるよ。ありがとう。」


千恵はさっきまで出来なかった万円の笑みを浮かべた。その目には少しだけ自信があり、どこか楽になっているとも感じられた。

俺はその表情に逆らえず、「また連絡を」っとだけ言い残して、車の助手席に座った。
車が発進し、薄黒い窓ガラスから段々と遠くなっていく千恵を見た。


千恵の笑み。俺はあの時の景色を印象深く頭に刻まれた。千恵と言われたら、まずあの時の笑みを浮かべる姿を思い出すだろう。