「ふられた」


「え?」


後ろを歩いている透流の声が不安げなものに変わる。

リビングのドアを開けて、入りなよ、と促す。

不思議な顔をした透流は、ごにょごにょと何かを呟いて部屋に入った。


「うわ、薫子さん寝てるじゃん。何してんの」


「雑誌読みながら寝たのよ。惰眠を貪ってるの」


我が母ながらだらしない姿で寝ている。

黙って仕事をしているときは美人なのに。


「チョコ、食べる?」


「食べる。…ねえ、ちぃちゃん」


私が投げたピーナツチョコを綺麗にキャッチして、しばらくその袋を眺めてから透流は私に尋ねた。

彼に背を向け、お茶を淹れようと冷蔵庫を開ける。

作りおきの麦茶は早く飲んでしまわないと。


「何?」


「彼氏と別れたって本当?」


透流の視線が背中に刺さる。

少しはそっとしておくとか、そういう気の利いた行動はとれないのだろうか。

私が傷ついているかもしれないとか、そういう気遣いは一ミリもないのか。


「嘘ついてどうするの」


「だって…ちぃちゃんがふられるとか」


つくづくデリカシーがない男だ。

よくこんなので生きていられるな、と腹立たしくなる。

グラスにいれたお茶を、テーブルに座った透流の前に強めに置いてあげた。

ごん、という鈍い音。


「でも、別れたならまた俺のお世話係復活だね」


全く威嚇は効いていないらしい。


「嫌よ、そんな女癖の悪いひとのお世話なんて」


「えーどうして」


「私は面倒事に巻き込まれたくないもの」


睨んでやると、透流はヘニャリと気の抜けた笑みを浮かべた。