「またね」
「気をつけて帰るんだよ」
「寒いよ。もう冬だよ」
「うん。ちゃんと大学行くんだよ」
玄関先で見送ってもらいながら、心の中でぱちんという音がした。
何か決定的なものが“はめこまれた”のか、“はずれた”のか。
分からないけれど、本当に決定的なもの。
───私たちの、会話は。
思わず目を見開いて、彼を見つめる。
彼は小さく笑って、なに、と私に尋ねた。
わからない、と答える。
本当に分からなかった。
「分からないけど、でも。そういうことなんだと思う」
「何だよ。知帆ちゃんはたまに不思議なところがあるなあ」
大人ぶったコメントをよこす彼に、真っ直ぐに向き合う。
「さよなら」
初めての言葉だった。
付き合っていない時でさえ、そんな言葉は言わなかった。
「さよなら」
何だか泣き笑いみたいな顔をした彼から、言葉が返ってくる。
寒いから閉めていいよ、と言うと、彼はうん、と言いつつもドアを閉めようとはしない。
私がエレベーターの前まで歩いたところで、ガチャリとドアが閉まる音がした。
───ああ、全部終わったんだ。
そう思わせるには十分な音だった。
彼はいつも、私が乗るまで見てくれていたから。