彼と一緒に朝ごはんを食べて、シャワーを浴びて、持ってきていた服に着替えて、部屋を出る。


彼の部屋に来たときの、本当にいつもの動作を含んでいるはずなのに、もう二度と訪れることのない時間だ。


私はあのあとレタスを千切りながら随分とごねて、彼を困らせた。

彼は一貫して言うのだ。


──知帆ちゃんは、錯覚をしているよ。


そんなはずはない、と思う。

だって私は彼のことが好きだった。


私を好きだと囁く唇も、私を抱き締める筋肉質な腕も、煙草と柔軟剤が複雑に混じった匂いも。

彼から音楽のように流れてくる言葉も。


そう言ったのに、彼は「俺も知帆ちゃんが好きだよ。でも、違うんだ」なんて答えるのだ。


お互いに好き、じゃ駄目なのか。


そう返すと、またも頭を振って、「知帆ちゃんは俺が好きな訳じゃないよ」と言うのだ。


埒が明かないとなったところで、ご飯の支度ができてしまった。

結局そのまま一緒にご飯を食べて、シャワーを借りて荷物をまとめた。


化粧水と、口紅と、歯ブラシと、パジャマ。


片付けてみて驚いた。

彼の部屋、彼が普段の生活をする部屋に私の存在を表すものはこれっきりだった。


結構な回数、彼の部屋に泊まったりしていたのにこれだけ。

かさばる花柄のパジャマも、彼のくれた紙袋に入れたら一回で運べてしまう。


何だか滑稽だった。