「なに笑ってるの?」
「ううん。ねぇこれ冷たいよ、ちぃちゃん」
だらしなく笑いながら、透流は私の出したお茶に唇を尖らせた。
「そりゃそうよ、冷蔵庫から出したんだから」
言い返しながら私のぶんの麦茶を注いで飲む。
確かに麦茶は冷たかった。
そうだ、もうすぐ冬なのだ。
冷たい麦茶の季節は終わりだ。
そういえば、とその滑らかな水面を見つめながら私は思い出す。
彼の家には作りおきの麦茶はなかった。
あるのはサイダーと、コーヒーと、たまに紅茶。
サイダーだけが冷蔵庫に入っていて、コーヒーはドリップ式に淹れるものだった。
紅茶に関してはティーバッグだったけれど、それもわりと良い銘柄のものだった。
今思えば彼が紅茶を飲んでいる姿は見たことがなかった。
私も彼も専らコーヒーばかりで、紅茶はあまり飲まない。
しかしティーバッグはたまに行くと減っていて、ということは私がいない間に彼が飲んでいたということか。
飲まないなら何故買うのだろうと思ったが、来客は私以外にもいるのだろう。
彼にだって友達付き合いはあるし、私たちがコーヒーばかり飲むようにその人も紅茶を飲む人だったのかも。
こうして冷蔵庫を開けて、彼はサイダーを取り出していた。
その光景を頭の中でなぞりながら、冷蔵庫を開ける。
当然のことながらサイダーは入っていなかった。
お母さんも私も、透流も姉も、甘ったるいサイダーは好きではないのだ。
それなのに、サイダーが入らない冷蔵庫は今、ひどく空虚なものに見えた。
「ちぃちゃん」
「何?」
呼びかけられて答えると、カウンターの外で透流が傷ついたような表情をしていた。


