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 知帆は俺のこと、好きじゃないね。


煙草をくゆらせながら放たれたその言葉に、私は唖然とした。

たった今まで愛し合っていたのに、何だと言うのか。

それとも私を遊び女だと思っているのか。


腹立たしくて、そのまま無視してカップにコーヒーを注いで飲む。

彼の家にあるコーヒーは酸っぱかった。    

少し顔をしかめる。

私の苦手な酸味の強い、キリマンジャロだった。


彼氏──少なくとも私はそう思っている─は、ベッドから起き出して冷蔵庫を開けた。


中からサイダーを取り出して、喉を鳴らして飲んでいる。

今しがた自分が何を言ったか覚えていないような、全くいつも通りの変わらない仕草で。


「何のことだか、分からないのだけれど」


やっとのことでそう言うと横目でこちらを見て、ふっと寂しそうに笑う。

どうして今あんたがそんな顔をするんだと、甚だ不可解だった。


「知帆は、俺のことそんなに好きじゃないね」


「句読点の位置の話をしてるんじゃないの。どうして、今、そんなことを言うのかって聞いてるの」


「どうして?」


そこだけ繰り返し、彼は煙草を灰皿に押しつけた。

サイダーは片手に持ったまま。


「俺には、分かるから」


「私には分からないわ」


間髪入れずに言い返すと、年上だったはずの男はひどく子供っぽい笑みを浮かべた。

困ったような。


そんな顔をするのだ。


「だから、もう終わりにしよう」


「意味がわからない」


「きっと、知帆ちゃんには分かるよ」


寂しそうにそう言って、彼は冷蔵庫にサイダーをしまい、私を振り返る。


「ご飯、食べる?」


「食べるわよ」


「レタスとツナでサラダ、あとはパンしかないけど」


「いいよ」


知帆ちゃん、に呼び方が変わっていることに驚いて、こんな状況だというのにこんな返事しかできなかった。

恋人と別れるか別れないかの瀬戸際だというのに、私たちはご飯の話をしているのだ。


何だかそれが妙におかしくて、変に笑みがこぼれた。