それは唐突だった。

事務所の電話が鳴り、いつも通り智子さんが出ると

「夏美ちゃんに用があるって倉持さんから電話がきてるわ。外線一番よ!」


そう言われて、倉持さんが私に用とは珍しいと思いながら
、受話器を上げ一番を押すと


「夏美ちゃん!良かった繋がって!とりあえず早く自宅に籠城して!エドが今そっちに向かってる。問答無用でイギリスに連れ帰る気でいるから、捕まる前に早く上に逃げて!」


そう言われて、ハイ?となりつつ割れるほどの音声で言われたので、近くに居た智子さんにも聞こえたらしく


「夏美ちゃん、早く上に上がりなさい!」


そう言われてとりあえず、詳しい事も分からぬまま仕事の途中であるにも関わらず、私は上の自宅に戻った。
ここはセキュリティがバッチリだから、戻って籠城しろの指示だったのだろう。

しかし、会ったこともないのに何故に問答無用でイギリスに連れて行かれなきゃならないのか。

仕事を途中で放り出して帰宅しなければならない事態を引き起こした、まだ見ぬ自分の父親に既にいい感情は持てなくなってきた。
そんな時、私のスマホが鳴る。


「なっちゃん、もう自宅に居るわね?そしたらそこ動かないでね?ちょっとお馬鹿なエドの暴走はあたしと明、コージで止めるから!」

そうさっちゃんから連絡が来たあと、私のスマホはまた静かになった。


「いったい、何をしているのかな。私の父親名乗る人は…」


思わずため息がこぼれる。


部屋の片隅に手紙と一緒に入っていた、お母さんとお父さんと思われる二人が一緒に写ったものを入れた写真立てを持ち上げて眺めながら、つい話しかけてしまった。


「お母さん、手紙の通りに父親が来たみたいだけど。手紙には無かったけれど、私の父親は猪突猛進だったの?」

思わず母に向かって、愚痴のように呟いてしまう。


写真の母は可愛らしく微笑んでいる。
黒髪黒目の日本人らしい少女。
この時たぶん、十九歳。


「ずっと可愛いままだね。もうお母さんが死んだ時より、私の方が年上になっちゃったもんね…」


はぁ、とまた一つため息がこぼれだす…


「会うって決めてたけど、こんなに暴走する父親との対面は憂鬱よ、お母さん。あなたはあの人をどう、御していたの?」

なんとなく、階下が騒がしくなってきたのを感じつつ私は、篭城を決め込んだ部屋で軽く途方に暮れたのだった。