ー春だ。


微風がそっと白いコートの裾を揺らす。


甘い香りがゆっくりとわたしを包み込む。


「七瀬さーん。」


背後から声をかけられてわたしは振り返る。


「何見てるんですか?」


フェンスに体重をかけてわたしを見上げるのは、まだ若い女医さん。


「桜、綺麗じゃない?」


そう声をかければ、彼女はうーんと唸るように外の景色を見つめる。


「今は誰の担当してるんだっけ?」


「503号室の加藤さんです。」


「ああ…503号室、ね。」


わたしは舞い降りてきた桜の花びらを太陽の光にかざす。


「どうかされたんですか?」


「いや、ちょっと昔の思い出よ。」


変なの、と言いながら仕事に戻る彼女を見送りながら、わたしはその花びらを風に乗せて手放す。


ひらひらと舞いながらどこか遠くへ飛んでゆくそれをみながら、いつか、空高くまで届くだろうかと思う。


「穂花ー。」


聞きなれた声がわたしを呼ぶ。


「今年も屋上で儀式?」


笑いながら歩み寄ってくる古き友は、わたしの隣に同じように並ぶ。


「ふふ、そんなところかな。」


「今若い子が気味悪そうに出てきたから、今年もまたこの時期が来たなあって思ったの。」


「あははっ、そうね、ちょっと気味が悪いかもしれないわね。」


何年経っても変わらず可愛らしい彼女は、風でなびく髪を抑えながら空を見上げる。


「穂花はいつ結婚するのかなあ。」


「結婚ねえ…良い男いないし。美菜の所の子、中学合格したんだって?」


「そうそう。将来はお医者さんだって。」


しばらく黙って空を仰ぎ続ける。


「明後日同窓会があるの、高校の。」


「ああ、千秋ちゃんとか?」


「よく覚えてるね。」


「この頃もよく会ってるんだよね?」


「そう。千秋は本当に良い人よ。」


「うん。」