彼は、保健の先生の椅子に腰掛け、机の上の鉛筆と用紙を手に持つ。


「俺一応、保健委員だから、こういうのちゃんと書かなきゃいけねぇんだけど、えーっと、症状は……貧血?」


 私は、なんとなく恥ずかしくて、声も出さずに頷いた。


「クラスは?」


「え、えっと、一年十二組……です」


 彼の綺麗な手が、鉛筆を用紙の上で走らせていく。


「名前は?」


哀咲(あいざき)(しずく)……です」


 さらさらと鉛筆を走らせている彼を見ながら、ふと気づいた。

 漢字、わかるかな。特に、『アイザキ』は、藍崎とか相崎とかよく間違われる。
 

 言わなきゃ。

 そう思うと、鼓動がドクドクと音をたて始めた。

 クラスを答えるとか、名前を答えるとか、そういう事務的なことなら、さっきみたいに普通に言えるのに。


 少し浅くなった息を、意識的にゆっくり深く吐いていく。

 大丈夫、大丈夫。

 胸に当てた手にギュッと力を込めた。


「かん、じ、」


 そうしてやっと出した声を、自分の耳で聞いて、少し悲しくなった。

 朝と同じだ。小さくて全然相手に聞こえない。


 駄目だ。もう一度、今度はちゃんと大きな声で。

 そう思うと、落ち着きかけていた鼓動が、また速くなっていく。


 もう一度、息をゆっくりと吐く。胸に当てた手は、汗ばんでいるのに、冷たい。

 無理やり深く息を吸ったけれど、吸った息は声にならず吐き出てしまった。


 ちゃんと、喋らないと……。

 また息を大きく吸う。