先輩を突き返してしまった松田さんに、なんて事してくれたんだっていうのが正直な感想。
 しかもわざわざ『一緒に残業しました』アピールされて、先輩……絶対怒ってるよ。

 先輩方の中でもボス的存在の香川先輩。
 恥をかかされて黙ってるわけない。

 昔から嫌な予感だけは的中率が良くて、給湯室の掃除当番をしていると、わざわざ先輩方が集まって来た。

 恐怖に思わず流しを拭いていた布巾を握りしめる。

「ねぇ。紗良さぁ。
 松田さんに色目でも使ったの?」

 背後でクスクス笑う声に背筋が凍る。
 登場の仕方まで怖い。

「ヤダー。色目使ってもこの子じゃ色気出ないよ〜。」

 分かってるなら絡まないでよ!
 口がカラカラに乾いて、乾いていなくてもそんなこと言えなくて黙っているしかなかった。

「残業も一緒にしたの〜?
 どうして?する必要ある?」

「はい。かなりの仕事量だったので、俺が自主的に手伝いました。」

 心臓が飛び跳ねて、ひっくり返って、もう元に戻れないと思う。

 先輩方のそのまた後ろに松田さんがいて、助言してくれたのだ。

「ま、松田さん!
 これはまた別の話なんです。」

 ホホホホッとどこかのセレブな奥様みたいに誤魔化した笑い声を発した。
 似合ってないし顔は引きつっている。

 でも私はそれどころじゃなくて気が気じゃなかった。
 松田さんにこれ以上助けてもらったら、私の命は本当になくなっちゃう!!

 私の心配はどこへやら、にこやかな指摘は続いた。

「ご自分の仕事はご自分でしてください。」

 先輩方の顔は固まっている。
 固まった顔からかろうじて言い訳を口にした。

「紗良がやりたいって言うからお願いしてるだけですよ。
 ね。紗良。」

 急にこちらに話を振られてビクッとすると、香川先輩が私の方を向いて松田さんには見えないからって威圧している。

 平行線を辿るやりとりに松田さんは脅しとも取れる言葉をいつもみたいに爽やかな顔と声で言い退けた。

「彼女に何かしたら、何するか分かりませんからね。俺。
 父にもそろそろこちらの1回目の報告書をって言われてるんです。」

 爽やかなままの笑顔で言われると逆に怖い。

 ますます固まった先輩方は「本当になんでもないんですよ」と言いながら逃げるように自席に戻っていった。

 へなへなとその場に座ると「大丈夫かい?」と手を差し出された。

 大きな男らしい手にしがみつけるほど可愛くなれなくて「大丈夫ですけど、もう少ししてから戻ります。松田さんは先に戻られてください」と口にした。

「そう?
 しかし……。
 父の名前を使うの嫌だったんだけど、一番使っちゃいけない使い方したな。
 父が聞いたら怒るだろうなぁ。」

 やらかしたなと頭をかく松田さんが急に身近に感じられて、笑いがこぼれた。

「何?笑うなんて失礼だよ。」

 そういう松田さんも笑っていて、なんだか友達同士みたいで……何故だか嬉しかった。