「そういえば紗良は引っ越したの?」

「ん?何がです?」

 ソファに座ったまま、くっついたままの会話は愛おしくて、ついキスをすると「もう」と少しだけ怒られる。
 それがまた可愛いなんて紗良は気づいてないみたいだ。

「俺、大人になってから会いに行ったのにいなかったから。」

「それは、あの思い出の場所はおばあちゃん家に遊びに行った時で………。
 松田さんこそ。」

 コツンとおでこを当てて「まだ松田さんなの?」と怒る。

「俺は喘息があったから空気の綺麗な知り合いの別荘で夏休みを過ごしただけで。」

「うわっ。別荘って……。」

 そういえば、別荘に忍び込んできた紗良と仲良くなったんだよな。
 だからあの辺の子ってことくらいしか知らなくて。
 あの辺の子でもなかったわけだ。

「紗良もそういうの慣れてよ。
 ここにも住むんだし。」

「……………。」

「え、嘘。
 あのプレゼント返品不可だよ?」

 だから紗良は一筋縄でいかなくて心配になるんだよ。
 同棲しようって意味なのに喜ばれないと俺と一緒にいたくないのかって落ち込むんだけど。

「紗良?俺、紗良といたいよ。」

 くっついていた紗良がぎゅっとしがみついて、俺の胸の中でくぐもった声を出す。

「うん……。」

「一緒に住むの嫌?」

「……………。」

「ごめん。嫌ならいいんだよ。
 無理にとは……。」

「嫌じゃないですよ。ただ……。」

「ただ?」

「夢みたいで夢から醒めちゃわないかなって、怖いんです。」

 しがみついている紗良を抱きしめて囁く。

「じゃ醒めないように一緒にいたらいいんじゃない?
 俺も……夢なんて思いたくないよ。」




 気づけばもう夜も深まっていて「もう寝ようか」と囁いた。

 何も話さない穏やかな時間を過ごして、それでもまだ離れたくなかった。
 それはいつも思うことなんだけど。
 今日はとくに………ね。

「今日は一緒に寝ない?」

 腕の中の紗良がビクッと体を揺らして動揺が伺えた。
 だから心にもないことを言う。

「何もしないよ。」

 強く紗良に抱きつかれて少しだけ後悔する。
 本当は……本当は……………。

「それはそれでへこみます。
 魅力ないのかなって。」

 紗良は無自覚だから嫌なんだよ。

「紗良、そういうこと言っちゃダメ。
 俺のことどう思ってるのか知らないけど、俺も男だよ?分かってる?」

「わ、分かってます。
 だから1人で寝ます。」

 全く。どれだけ俺を振り回せば気が済むんだよ!

「だから。本当は紗良の全部が欲しいけどまだ我慢するって言ってるの!!
 だから一緒に寝る。」

 体を持ち上げると「ひゃっ」と声を上げた紗良をお姫様抱っこで寝室に運ぶ。

 本物のお姫様みたいだ。
 歩くたびにドレスの裾が揺れている。
 寝室に行くまでにマフラーはほどけて、部屋の片隅に落ちた。

 紗良をベッドに降ろして、ネクタイを緩めると紗良の小さな声が……。

「自覚なし天然たらし男だもん。」

「は?」

「お風呂入らなきゃ。
 ドレスじゃ眠れないです。」

 改めて離れた紗良を見れば白く滑らかな肩が露わになっていて、月明かりの当たるベッドの上で………。

「紗良は無自覚で誘ってるから。」

 ベッドに膝を乗せて体を預けるとギシッと鈍い音がした。

 ベッドに座る紗良にキスをして、それから肩にも首にもキスを落とす。
 ん……って吐息が聞こえて箍なんてすでに外れてて……。

「風呂は後で一緒に入ろう?」

 返事は聞かないでもう一度唇を重ねた。