「俺が……爽助って名前が嫌だったって話したの覚えてる?」

「え?『助』が『スケベ』って言われて嫌だったって話ですか?」

「そう。
 当時、俺はそれを大好きな女の子に話したんだ。」

 僅かに胸がチクンとして、だけど優しい表情で話す松田さんから目が離せなかった。

「さすがに『スケベ』って呼ばれるなんて言えなかったけど、名前が嫌だってベソかいて。」

 ベソって……。
 そっか。私みたいに子どもの頃の思い出。
 可愛いなぁ。松田さんの子どもの頃に会えていたらなぁ。

「可愛いお子さんだったんですね。」

「ハハッ。そうかな。
 ……そしたら、その子なんて言ったと思う?
 きっと紗良は驚くと思うよ。」

「なんですか?」

 素直に質問をする紗良に松田さんは柔らかい笑顔で告げる。

「爽助なんてすっごくいい名前じゃない。
 おばあちゃんが大好きな水戸黄門に出てくる助さん格さんはすっごく強くてかっこいいんだよ?って。
 たぶん『助』繋がりなんだろうね。」

 ………水戸黄門!?
 おばあちゃんが大好きな???

 霞がかかった靄の向こうで何かが見えるような感じがする。

「爽助が嫌なら助さん格さんは?
 ううん。黄門様がいいよ!!!
 一番偉いんだもん!って言われて。」

 え………嘘……………。

「懐かしいな。
 こうもん………嫌だよって言ったら、じゃ『こうちゃん』は?って。」

「それで男なんだからせめて『こうくん』でって?」

「そう。思い出した?」

 嘘………だってじゃあ………。

「松田さんが……こうくんってこと?」

「え?まだ疑問符つき?」

 笑う松田さんに全くついていけない。

「待って。待って。
 だって………だって、松田さんはいつから気づいて……。」

「そんなの最初からだよ。」

「そんな素振り全然………。」

「忘れられちゃってたら、ねぇ?」

 意地悪な顔でまた鼻をかじられても「痛っ」って声も出せなかった。