「あ、そうだった。
 また部屋、掃除できてない。」

 ふふっと笑う紗良にわざと意地悪なことを言ってみる。

「だって泊まるでしょ?」

「え、とま?とま??」

「何?今日はトマトを飼ってるの?」

 ププッと吹き出すと紗良がトマトみたいな顔をしている。

「嘘。ちゃんと送るから。」

「酔ってるじゃないですか。
 運転はダメですよ?
 終電までには帰ります。」

 終電なんてDVD見れないよ。
 とは言わないでおいた。

 自分からこの夢見心地な時間の魔法を解きたくなかった。

 わざと有名な恋愛映画を「どう?」と見せたり、完全なコメディ映画を見せてみたり。
 笑い合って、むくれてみたり、わざと拗ねてみたり。
 周りからみたらひんしゅくを受けそうなイチャつくカップル。

 ……カップル。カップル?

「どうしました?顔赤いですよ?」

 ……俺の彼女。

「えぇ?ますます赤いですけど?」

「……いや。なんでもない。」



 軽く片付けをしてから紗良を出迎えた。

「お待たせ。入っていいよ。」

「お邪魔します……。」

 前にも来たことがあるのに、その時は風邪だったせいなのか、今はやけに緊張する。

「何か飲む?」

「いえ………。」

 紗良の緊張も伝わって、余計なことを口走っていた。

「早瀬主任ってかっこいいよな。」

 試すような質問……。
 早瀬主任にあんなことを聞いたからって、ちょっと自分が嫌になる。

「かっこいい……ですか?
 素敵な方だなぁとは思います。」

 素敵……か。

「じゃもし早瀬主任にアプローチされたらOKしてた?」

「まさか。早瀬主任に失礼ですよ。」

 優等生な返答……。

「早瀬主任がとかじゃなくて紗良が。」

「んー。だって早瀬主任は眼鏡かけてるじゃないですか。」

「え、あぁ。そうだね。」

「私の想像上の王子様はかけてないんですよね。眼鏡。」

「そんな理由?
 じゃもし俺が眼鏡かけてたら?」

「それは………。」
 
 馬鹿みたいだと思うけれど、棚から眼鏡を出してかけてみる。
 そして紗良が座るソファの横に腰掛けた。

「色付きサングラスだと似合わないから、サングラス色なしなんだ。
 この姿だったら俺、断られてたの?」

 首を横に振りながら俯いていく紗良に、どっちの意味なのか……。

「王子様というのは言葉のあやで、松田さんが王子様みたいだからとかじゃなくて……。」

「……じゃなくて何?」

「もういいじゃないですか!
 DVD見ましょう?」

 DVDを取りに立ち上がった紗良はソファから、俺の隣から逃げたかったみたいだ。

 逃げ出したくなるほど詰め寄るなんて…。
 どれだけ必死なんだよと自嘲して、紗良に力なくお願いした。

「うん。分かったから。もう聞かない。
 だから俺の隣で見てくれる?」



 DVDを半分も見ないうちに紗良は寝てしまって、寝室に運んだ。
 本当は紗良のぬくもりを感じて寝たいところだけど………。
 そこまで人生を達観できてないんだ。

 自分はリビングに戻ってソファに使っていない毛布なんかを持って来て寝転んだ。
 ソファは狭かったけど、紗良がまだうちにいると思えば幸せだった。