頭に手が伸びてふわっと頭に触れた。
 それを何度か前後されて撫でられているとやっと理解した。

「何?子ども扱い?」

 拗ねた声が出て、だから子どもかよって自分に心の中でつっこんだ。

「だって。なんだか可愛くて。」

 可愛いなんて言われるの何年振り……何十年振りだよ。
 紗良はやっぱり変わってる。

「いいよ。もう子どもでも。
 だからもう少しだけこうさせてて。」

「それは練習に含まれますか?」

 かしこまった質問に吹き出してしまいそうだ。

「含まれます。
 だから敬語やめて爽助って呼んで。」

「なんの練習?」

「紗良がまた王子様を信じられる練習?」

「何それ。松田さんが好きな人を口説けるようになる練習でしょ?」

「だから。爽助!」

「じゃもう少しだけ頭を撫でたら仕事しようね?
 ね?爽助さん。」

 最後の甘く跳ねた声に胸が高鳴る。

「ねぇ。もう1回………。」

 もう1回だけ。

「まだ撫でるの?」

「そうじゃなくて……。」

「爽ちゃん。」

 明るい声はからかいも含まれて、でもすごく新鮮で。

 ヤバイ、たぶん今、すごく顔が赤い。

「俺も紗良でいい?」

「もうずいぶん前から呼んでます。」

「会社だからさ。
 天野さんじゃなきゃダメかなって。」

「だったらこの体勢が一番ダメ!」

 グッと押された体は離されて、離れた先の紗良の顔は真っ赤だった。



 その後すぐに仕事モードに入った紗良は眼鏡があったら押し上げてると思う。

 早瀬主任にたまに感じるスイッチを入れる音。
 眼鏡を上げてシャキーンって音が聞こえる気がする。

 紗良も今まさにそんな感じだ。

「松田さん?
 ここ。このソフト使い方間違ってます。」

 あーぁ。爽助も爽ちゃんもおしまいか。

 残念に思いつつ、俺もスイッチを入れた。
 シャキーンってね。


「松田さん飲み込みが早いから私が教えることなんてもうないですよ。」

 今日やるべき資料作りやらなんやらの細かい仕事が終わって、紗良は晴れ晴れとした顔をしていた。

「予定より早く終わった?」

「はい!」

 嬉しそうに返事をした紗良に少しだけ意地悪な提案をする。

「じゃ練習しよう?
 こんな時に何を言われたらドキッとするか教えて。」

 さっきまで仕事が片付いてリラックスした顔をしていたのに、急に表情が固くなった。

「だからアドバイスなんて出来ません!」

「じゃどれがいいか教えて?」

「どれがって………。」

「紗良のお陰で仕事がはかどったよ?」

「うーん。同僚として嬉しい?」

「紗良と2人っきりで緊張しちゃったよ。」

「松田さんが言うと嘘っぽい。」

「なんだよ!それ!」

 あははっと笑う紗良に全部、本音だって言ってやりたい。

「キス……したいな。」

「なっ。ダメ!それはセクハラ!」

「ダメ!絶対!って薬物禁止のポスター?」

「もう。からかわないでください。
 松田さんは薬物並みの劇薬ですよ。」

「褒められてる?」

「……知りません!そんなの!」

 薬物でも劇薬でもなんでもいいよ。
 俺の中毒になって。
 俺がいないと気が狂うほどに俺を求めて。