店に戻ると麗華は長い脚を組んで外を眺めていた。
 確かに絵になるような綺麗な奴だと思う。

 それでも………。

「あれ。紗良は?」

「帰るって。」

「は?」

「亘が何か言ったんじゃない?」

 麗華の言葉にカッとなって亘につかみかかった。

「何、言ったんだよ!」

 目を合わせない亘が「爽助には君より麗華の方が似合ってるって言った」と呟いた。
 なんでそんなことを………。

「私は爽助のこと好きなのか聞かれたから、さぁって言っておいたわ。」

 肩を竦めて麗華は微笑んだ。

「麗華まで……。」

 どうしてそんなこと………。

「あら。爽助は誰かさんしか見てないわ、なんて私が言って良かったのかしら。」

「それは………。」

「まだ追いかければ捕まるんじゃない?
 だいたいこの話で出ていくんだから、彼女の気持ちも………。」

 麗華の話を最後まで聞く前に俺は店を飛び出した。



 静かになった店には亘と麗華、それにマスター。

「麗華はいいのかよ。
 爽助と婚約してんだろ?」

「何を言ってるのかしら。
 本当に男って鈍感で嫌になっちゃう。」

「本当だよな。爽助も麗華みたいな奴が近くにいるっていうのにさ。」

 麗華は長いため息をついて頬杖をついた。

「お手伝いのお礼にコーヒーを淹れましょうね。」

 マスターだけが微笑んでいた。



 どのくらい前に紗良は店を出たんだ。
 どんな気持ちで………。

 麗華の言葉が心の中で何度も何度も再生される。

「この話で出ていくんだから、彼女の気持ちも………。」

 紗良の気持ち?

 俺に練習を申し出るくらいになんとも思ってないだろうなって憎らしくて。
 それでもそのお陰で紗良の側にいられるならいいかって。

 俺は何を勘違いした?

 駅でやっと紗良を見つけて、ハッとした顔の紗良が逃げ出す前に抱きしめた。
 走って来たせいで息が上がって、秋なのに汗だくでものすごくカッコ悪い。

「どうして帰っちゃうのさ。」

 こんなこと言いたいわけじゃないのに、いい言葉なんて浮かんでこない。

「だって場違いな気がして………。」

 場違いってなんだよ。

「俺は…………。」

「あれ〜。紗良ちゃんじゃない〜?
 今度はそいつに貢いでるの〜?」

 ねっとりと絡みつくような嫌な声に腕の中の紗良が体を固くしたのが分かった。

 睨みつけると戯けている。

「イケメンくんもやめときなよ〜。
 そいつ全然よくないよ。」

 よくないって……よくないってなんだよ。

「じゃ俺、忙しいから〜。」

 頼んでもないのに話しかけて来て、勝手に去っていった。
 俺はむしゃくしゃした心をどうすることも出来なくて乱暴に紗良の手をつかんで歩き出した。