それでも私はその二文字を口にすることができない。すると音弥くんが横目で私を見たあとにまたバットを思いきり振った。
「好きでも八塚に譲ってやってくんない?」
周りの音がうるさくて聞き取りにくかったけど、こんな時に限って言葉は私の耳にしっかりと届く。
「アイツずっと夢乃のことが好きなんだよ」
彩芽ちゃんの気持ち。それは私も分かっている。
夢乃くんを譲りたくないって気持ち。
好きな気持ちは誰にも負けない気持ち。
あのときの彩芽ちゃんの目は本物だった。
「男が怖いくせに夢乃のことだけは恨めないし気持ちは変わらないって。ああ見えて弱いところあるし猫かぶりの可愛げがないヤツだけど」
「……猫かぶり……知ってたんですか?」
「当たり前だろ。何年一緒にいると思ってんだよ」
私が知らない夢乃くんがいるように、音弥くんも私が知らない彩芽ちゃんとの時間があるのだろう。
「たぶん夢乃も知ってる。気づかれてないと思ってんのは本人だけ」
音弥くんがクスリと笑って、いつも怖い音弥くんしか知らなかったけどこんな顔をする人だったんだ。



