さまよう爪

味はあれでも、水分に変わりはないので喉は潤う。

『べつに』

直人は言った。

問いかけてから随分経った頃に聴こえたその答えは、わたしは理解できなくて呪文のようだった。べつに? って、何が?

続けて、

『苦くなかった。酸っぱくもなかった』

その言葉に、ああさっきの答えか。と今更理解できても、もうどうでもよくなっていたわたしは小さく『そう』と答えただけだった。それ以上何も言うことはないし、うん。あれだ、おかしい。絶対、直人は味覚がおかしい。

『じゃあ、ちょっと変な時間だけど、今からでも晩ご飯……じゃないけど、食べようか? お腹すいたでしょ。明日は休みだし、朝ご飯食べないで寝ててもいいし』

『すみれ』

不意に彼はそう呟いた。

静かな部屋の中で響いたわたしの名前もまた、呪文のように聴こえた。

『俺さぁ、』

直人の言葉は続かない。

口を開いてからあまりに長い沈黙に、わたしは自分でも驚くほどあっという間に痺れを切らして、

『何』と声に出した。

『……俺、他に好きな子ができた』