さまよう爪

男性。

知らない人。二十後半くらい。

目尻の下がった優しげな顔。

その男性がわたしの前髪をすくった。

「……すごい汗だね。気分、悪いの?」

尋ねる声は、落ち着いていた。

「あの、ごめんなさい……風邪ひいてて、具合悪くて……」

「謝らなくていいよ。とりあえず、ここで降りよう」

「あ、あの、わたし、これから帰りますから……タクシーも拾うし……」

「空気のいい場所に出るほうが先だよ」

静かだけれど、有無を言わせないその声。

わたしを気遣って言ってくれているのが痛いほどわかったから、黙って頷くしかなかった。

「――そこのベンチに座ろう」

電車を降りたわたしたちは、目の前にあるホームのベンチに座った。

頭がくらくらする。

移動中、体が揺れている感覚があったけれど、電車の人がしっかりとわたしの背中を支えてくれていたため、ふらつかずに移動することができた。