さまよう爪

浅川さんが塗ってくれた爪を見ながら、自然と涙が零れてきた。

思えばこの15年、爪に色をつけないときはなかったのだ。除光液で落としても、何だか落ち着かなくて、すぐに自分で塗りなおしたり、ネイルサロンの予約をしていた。

今日は式から帰ったらあの、赤いマニキュアを塗りに行く。会社が始まるからすぐ落とさないといけない。思い切って、しばらく爪を塗らないでおこうかと、ふと思った。

記憶の中にうっすら残る、あの日のあの人。

その姿しか受け付けない自分をひどく滑稽。わたしは今でも、あの男を捜し続けていた。

しかし、わたしが抱えていた15年越しの恋は、内側から腐り落ちてひどい匂いを放っている。

そろそろ、葬り時だとは、自分でもわかっていた。

「小野田さんが泣いてるの、初めて見ました。仲良しの愛流ちゃんの晴れ姿、感動でしたもんね」

一緒に招待客として出席した会社の同僚が、ズレたコメントをする。

泣いてもおかしくない場所にいてよかった。とわたしもズレたことを思いながら、パーティバッグから白いレースのハンカチを取り出すと、涙をぬぐった。





電車を降りたわたしは、改札を出た途端声をかけられた。

「お姉さん、綺麗だね。ちょっと話、聞いていかない?」

一目で夜の仕事を斡旋する黒服だとわかる。水商売風のメイクをしているつもりはないのだが、スナックで働いていた母親の血を律儀に受け継いでいるのか、わたしはこの手の輩に声をかけられることが多い。

「忙しいの。今から行くところがあるから。そういうところで働くつもりはないから」

黒服を振り切ると、わたしは交差点を渡り、人ごみをかきわける。