さまよう爪

結局何も買わなかった。

瀬古さんがモスグリーンの線と書店名が入った手提げの紙袋を持ってやって来る。

ともに店を出ると、わたしは意識して真っ直ぐ瀬古さんを見つめた。

「小野田さん」

「はい」

「俺、今日はこれ買っちゃったからきみを誘えないよ。会えて運がいいけど悪いね」

「じゃあ瀬古さんの時間をわたしにくれませんか」

「いいよ」

いくらでもあげるよ。瀬古さんは、ニッコリと歯並びのよさを見せた。

「遊びましょうか」

「俺は遊びなの? 冷たいな」

「真剣な遊びですよ」

「ほんとに? はは。ねえ、ほんと?」

一緒に歩くと肩と肩が当たりそうになる。ふいに呑んだことを思い出す。

あのわたし臭ってませんか? と尋ねると、瀬古さんは、うん? 不思議そうな顔をして、

「相変わらず何かいい匂いだけど」

真横からやわらかい声。

何かってなんだろう。

「ちょっと呑んだので。焼き鳥も食べて」

「いいね。俺は松屋のカレー」

「またカレーですか」

カレーが好きなのかもしれない。

「今度はこぼしませんでしたよ」

見て見て。シャツをつまんで誇らしげ。

子供か。