さまよう爪

振り返ってみると、ぷすり、頬に何かが突き刺さって何事かと思う。

やったのは何と瀬古さんだった。

驚いて。

グレーの、ノータイでも襟立ちがよく様になるボタンダウンシャツが似合っていると思った。

「どうもこんばんは」

人差し指をこちらの頬に突き刺したまま、瀬古さんが言う。

「……いい大人がこんな、小学生みたいなまねどうかと思います」

こんばんは。と返す。

「俺もこんなに気持ちいいくらいひっかかってくれた人見るの小学生以来だわ」

笑いながら瀬古さんは何冊も抱えている本をを持ちかえている。 肩にはナイロン製の黒のビジネスバッグを掛けていた。

直人が持っていたレザーのとは違いショルダーにも出来るやつだ。

「お仕事帰りですか」

「うん」

「お疲れ様です」

「小野田さんもね」

瀬古さんの持っていた本は、タイトルだけでわたしには難しい専門的なものや漢方薬、アロマまである。

「ここは他のところより専門書がずっと豊富だからいいね。生活習慣病の認定はいつか勉強したいって思ってたんだけど、漢方は患者さんの症状に合わせてうまく説明するのが難しくて難しくて」

「アロマも必要なんですか?」

「産婦人科をはじめとする病院内にアロマセラピストを置いてるとこもあるよ。メディカル・アロマセラピー。アロマ業界の中では薬剤師の免許を持っている人は貴重だから薬剤師なのは
強いんだ。薬剤師の+アルファの知識としてもいいし。少し経験してからのほうが、単なる興味が必要性に代わることもあるし。いずれは、認定薬剤師がやっている、アロマと漢方の店。なんてどう?」

「いいですね。行ってみたいです」

そして。

きみは何を見ていたの? と振られたわたしは今の今まで持ったままだったのに気づき、慌ててananをラックへ戻した。