さまよう爪

駅までの道のり。夜道に響く、2人分の靴の音。

お互い話すことなく、しばらくただひたすら歩いていると、はたと動きを止めて、直人は空を仰いだ。

「月、でてきた」

「ほんとだ」

空を見上げると月が雲から顔を覗かせたところだった。

ずいぶん遠いな。と呟く直人の横でわたしもみた。

小さな月を。

子供の頃に「どこまでも月がついてくる」と、駈けながら月を見上げたことを覚えている。

どうしてそう見えるのか理屈のわかった今でも、車の窓から見上げるときに思うことは変わらない。「どこまでもついてきてくれる」と、思う。

「見てやがる」

「え、誰が?」

直人の言葉に辺りをきょろきょろとうかがうと、

「いや、月が」

「なにロマンチストじゃない」

そう言ったら、むうと口をとがらせながらも、直人はもう一度

「見てるよあいつ、絶対」

と言うものだから、はいはいと返事してあげる。

「遠くから、見てるね」

駅につく。

自動券売機の前で、まず直人がスラックスから小さな財布を取り出した。いい感じでくたびれた財布はこげ茶色。

しかしすぐ。

あ。やべ。ちがった。

「何やってんだよ俺。Suica持ってんのに」

しっかりしてよーっと言うと、やっぱまだ酔ってるわ。と溜息をつく直人。