さまよう爪

ホーローのやかんに水を注いで、コンロにかける。この時間はいつも手持ち無沙汰で、何をするでもなくコンロの火を眺めながらぼうっとしていることが多い。

直人がよろよろと部屋に入ってくる。

「うがいした?」

「……ん。した」

「紙コップで」

「いや、ふつうのプラのコップ」

「えーーちょっと。やめてよ。もう。置いといたじゃん」

「……何だよその、思春期の娘と父親みたいなやつ」

「まあ、とりあえず座ってよ」

お湯を注ぐだけで出来る粉末タイプのほっとレモンをわたしと直人の分を淹れる。

テーブルの上の雑誌を下に置いてと直人にお願いしてマグカップを2つ置く。

あちち、とほっとレモンをちびりちびり飲んでいる猫舌の直人を、わたしはぼんやり見つめる。

その視線に気付いた直人は、マグカップから口を離して気まずそうにうつ向く。

数秒後。

「……あのさ」

呟くように言って、ゆるゆる顔をあげる

「うん?」

無言のままで互いを見つめあう。

改めて見ると彼の様子は酷いものだ。

前より襟足が伸び、ボサボサの髪。口周りの不精ひげ。右頬に吹き出物がひとつ。顔色も悪いし、少し痩せたかも知れない。

カサカサに乾燥してしまっている唇も。ヒビ切れて血のかたまりがある。見ていて痛々しい。

結婚を控え、肌が艶々プリプリしていた愛流と対照的なその姿。