七月上旬。
瑠璃ちゃんと一緒に屋上で昼休みを過ごしていたときのこと。

閉じたドアの向こうから、何やら騒がしい声が聞こえて、振り向いた。

勢いよくドアが開いたと思ったら、金髪頭が飛び出してきた。

ばっ!と、勢いよく顔を上げる金髪。

はっきりした目鼻立ちの顔で、迫力のある大きな目が私と瑠璃ちゃんの姿を捉えた。

な、なんか、恐い人きた…!

金髪頭は、身構える私と、苺牛乳をストローでちゅうちゅう飲んでいる瑠璃ちゃんを交互に見てから、口を開いた。

「白貝歩さん!」
「はっ、はい!」

名前を呼ばれて、反射的に手を上げて返事をしてしまった。

私の顔を見ると、にかっと満面の笑みを浮かべて、大股でずんずん近寄って来る。

呆気にとられて見ていると、がしっ!と手を握らる。

なんで握手??

私の手をぶんぶん振りながら彼は言った。

「俺は藤岩敦!よろしく!」

誰だっけ…?何組の子だろう?
なんか、派手な子だなぁ…。

握手した手を振られながら、その笑顔をぼーっと眺めていたら、ドアから橘くんと、その後に続いて柏木が出て来た。

どうも、と言いながら、私と瑠璃ちゃんに軽く会釈する橘くん。

「そいつが白貝さんに会ってみたいって言ってきかなくて。迷惑かけてごめんね」
「だって友達の彼女なんだから、挨拶するだろ!つーか賢治、なんで俺が迷惑かけてると思うんだよ!なんもしてないっつーの!」

そこで、それまでドアの近くに立って、私と藤岩くんの握手したままになっている手をじっと見ていた柏木が、こっちへ向かって来た。

無言でつかつか歩いて来たと思ったら、私の手と藤岩くんの手を引き離す。
そして、私と藤岩くんの間に割って入った。

「気をつけろ、こいつパーソナルスペースないから」

背中越しに私に振り向いてそう言うと、すぐに藤岩くんの方へ向き直る柏木。

「顔見たんだからもういいだろ。戻るぞ」
「今来たばっかだし!まだ名前しか言ってねーし!もっと喋ったっていいだろ!」
「これ以上はおまえの馬鹿がうつる」
「ひっでえ言い草だな!友達なのに!」

ああ、この子が…。
柏木の2人目の友達、藤岩くん。
そういえば、前に瑠璃ちゃんの口から名前が出たような…。
また忘れてた…。

柏木の背中から顔を出して、挨拶する。

「藤岩くん!改めまして、白貝歩です。よろしく〜」
「よろしく白貝さーん!」

藤岩くんも笑顔で返事をしてくれる。
なんだ、見た目より話しやすい人みたい。

すると、柏木の背中がさっと動いて視界を遮る。

「敦、ハウス」
「俺は犬か!なんでだよ!つーかおまえ、さっきも俺と白貝さんの握手剥がしたし、今もそーやって背中に隠しちゃって、ひょっとして嫉妬ですかぁ〜?」

嫉妬??柏木が??

「違う」

なんだ、違うのかぁ…。
柏木が嫉妬してくれたら、私ちょっと嬉しいかもって思ったんだけどなぁ。残念だ。

嫉妬だとからかう藤岩くんと、違うと繰り返す柏木。

ふと、藤岩くんが悪戯っ子みたいなキラキラした目で私を見た。
それから、まるで指さすように黒目が柏木の方に動く。
いけ!と言われたような気がして、
ちらりと柏木の横顔を見上げると、藤岩くんや橘くんと喋っていて、こちらの動きは見ていない。

…前から、背中に飛びついてみたいと思ってたし、やってみようかなぁ。

やるなら、今がチャンスだよね…!

思い切って、ノーガード状態のその背中にぎゅっと抱きついてみた。

広い背中と厚みのあるがっちりした体に相応しく、感触は硬い。
あ、体温高いなぁ。

正面から見たら、柏木の太い胴に私の白くて細い腕だけが巻きついている状態だろう。
それってちょっと、ホラー映画っぽいなぁ。

正面から見てる藤岩くんと橘くんが、柏木の顔を指差して声を上げて笑っている。
瑠璃ちゃんは目を丸くして驚いてる。

あっ、後ろから抱きついたら顔が見れないじゃん!失敗した!
柏木、どんな反応してるんだろう?

背中から顔を出して覗いてみようかと思った矢先、ばっ!と柏木が振り向いた。

「…っ!!」

その顔がなんと、真っ赤に染まっていた。

柏木の赤面なんて、初めて見る!
いつも真っ赤になるのは私の方だったから、これは超レア!

柏木は赤くなった顔で、口を開いて何か言おうとしたけど、私の方が早かった。

「大丈夫だよ柏木!私、柏木が大好きだから!ヤキモチ焼かなくても、柏木しか見てないよ!」

私の言葉に柏木は目を丸くして、それから大きな手で顔を覆って、上を向いた。

「…おまえ…!あー、もう…ほんっと…!」
「なになに?柏木、立ちくらみ?もしかして日射病?大丈夫??」

柏木の様子に爆笑する橘くんと藤岩くん。
瑠璃ちゃんだけは、柏木の気持ちわかるわ〜、と頷いていた。


柏木研究はまだまだ未知の部分が多くて、奥が深い。