俺は彼女の手を放し、無理矢理抱っこをした。
「えっ、ちょっ、待って!」
彼女の言葉は無視し、俺は飛び降りた。
そして死んだ。
ーーー訳もなく見事な着地。
怪我一つない。

俺は彼女の足を地に着けた。
けれど彼女はふて腐れた表情で、
「全然ロマンチックじゃない」
と、口を尖らせた。
「お姫様抱っこがよかった」

何て我が儘な……。
「変わんねぇだろ、そんなもん」
「変わるもん!」
「ああはいはい悪かったな」
「全然気持ちがこもってない!」
「仕方ねぇだろ、やったことねぇんだから!」

下らない言い合い。
けれど今一瞬、敵に塩を送った気分になった。
“仕方ねぇだろ、やったことねぇんだから”。
事実お姫様抱っこだなんてやったこともないし、弁解の仕様がない。
「え~やったことないの~?」とでも言われそうだ。

ああそうだよ、やったことなんかないさ。
そもそもやる機会がないしな。
開き直る言葉を考えていたが、彼女は少し顔を赤らめて。

「じゃあ、初めては私に頂戴ね!」

ええそれは勿論ですとも。
何て言うと思ったか?
「一生なくてもいい初めてだな」
せせら笑うかのような口調で俺は言った。

そこからは、さっきまでのような口喧嘩じゃなく、何処か照れ隠しのような言い合いだった。
「素直じゃないなあ♪」
「俺程素直は他にいないな」
「俺程ひねくれ者は、の間違いじゃない?」
「さあどうだか」

少しだけ俺も体温が上がっている気がするのは、日差しのせいだろうか。
「ほいっ」
さっきは躊躇しまくりだったのに、今は楽々と塀を飛び越える彼女を見て、やっぱり気のせいなのだと思った。
けど、俺は彼女に変えられる。
そんな風な直感はした。