主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 

当時の当主が書き記した書物は恐ろしいまでに厳重な封印が施されていた。

術式に詳しい晴明と共にうんうん頭を悩ませながら試行錯誤したのだが――結局その日はそれ以上の収穫はなく、雪男は欠伸をしながら皆と蔵を出ながらため息をついた。


「なあ、それさあ、いっそのこと地下の花に見せればいいんじゃね?」


「それは駄目だ。あれはおいそれと持ち出していいものじゃない」


「んなこと言ったって解決策ないじゃん」


「…焦るな。とりあえず地下のあれはまた大人しくしている。こちらから会いに行く必要はない」


晴明は狩衣についた埃を払いながら首をひねる。

後世のために遺しておいたはずの書物あのに、現当主の主さまがそれを開くことができないという謎――

それでは遺した意味が全くなく、また読まれたくないものでも書かれているのか?


「しかしおかしなことだ。花殿はもうずっと何も食さず何も話さず…何を見ることもなく地下に居座り続けているのだな?それで相違ないか?」


「ああ。俺は今まであれと話したことはなかった。代を継いだ時会いに行ったが、俺をちらっと見ただけで何も話さなかったからな」


「ふむ。やはり待ち人か?いや、しかしもうずいぶんと長く生きている。謎すぎるな。ふふ、楽しくなってきた」


謎を解き明かすことに喜びを見出す晴明とは逆に主さまは杞憂が晴れない。

屋敷に戻ろうとする雪男と晴明の首根っこを掴ませて立ち止まらせると、これだけはという語気でふたりに言い聞かせた。


「俺はいいが、息吹や朔たちを関わらせるな。一切語ってはならない。もちろん地下へも行かせるな。いいか」


「もちろんだとも。特に息吹には関わらせぬ。あの子は面倒ごとに巻き込まれる性分だからねえ、本当に心配だよ」


「当然言うわけねえだろ」


「…」


ふたりとも息吹を愛し、案じる思いは一緒だ。


――雪男が提案した件、もしかしたら試してみた方がいいかもしれない。

ただそれを試したことで何が起きるか…

慎重な男はより慎重になり、表情はさらに厳しいものになった。