母の痩せてやつれた顔――
この人は病に侵されているのだとすぐに分かった。
息吹は百合の手を握ったまま後方に座っている晴明を振り返った。
「父様…お母さんは…」
「薬を煎じて飲ませてはいるが…完治はせぬだろう。息吹、百合殿はもう長くないのだよ」
「そんな…」
「もういいの。あなたに会えたからもう未練はないわ」
百合は本当に嬉しそうに笑ったが、息吹は唇を引き結んで細い手を摩った。
…母をここまで追い詰めたのは自分だ。
あれからもう長い年月が経ったのに百合は苦しんだまま生き、自分は幸せに暮らしてきた。
その事実は息吹を苦しめて、悩ませた。
「お母さん…私、幽玄町に住んでるんです」
「ええ、あなたの旦那様にもお会いしたわ。その…とても…」
「ふふ、怖かったでしょ?あの人いつも難しそうな顔してるけどとっても優しいんですよ」
「そうね、あなたのことをとても気にかけていて…いい方だったわ」
「幽玄町に…来て頂くわけにはいきませんか?」
――幽玄橋を自ら渡る者は少ないが、居ないわけではない。
生きていくことに疲れた者、罪を犯して生きてきたがそんな逃亡生活に疲れた者――様々な理由で橋を渡って幽玄町に来ることはあるが、本当に稀なこと。
「いえ、それは…」
「お母さん、幽玄町はいつも妖が跋扈してる町じゃありません。人が普通に住んで、普通に暮らしています。主さまは彼らを守り、彼らを見守っています。もう長く生きられないのならせめて傍に…」
妖に耐性のない百合は橋を渡ることなど考えたこともなく、息吹の提案にただただ驚いていた。
確かにもう生い先短いが、妖はやはり怖い。
主さまは人型だったからまだ良かったものの、人型でないものが大半だ。
「ありがとう息吹…。でもいいの。あなたに会えたから私はもう…」
「そんなの…駄目」
「…え?」
息吹は強い口調で言い切ると、母の手を離さずまた晴明を振り返る。
「父様、お願いが…」
「いいとも、残りの生、ここで共に暮らしていくといい」
言いたいことを先に言われて息吹がふっとはにかむ。
主さまにちゃんと話をしなくてはならないが、心はもう決まっていた。
この人は病に侵されているのだとすぐに分かった。
息吹は百合の手を握ったまま後方に座っている晴明を振り返った。
「父様…お母さんは…」
「薬を煎じて飲ませてはいるが…完治はせぬだろう。息吹、百合殿はもう長くないのだよ」
「そんな…」
「もういいの。あなたに会えたからもう未練はないわ」
百合は本当に嬉しそうに笑ったが、息吹は唇を引き結んで細い手を摩った。
…母をここまで追い詰めたのは自分だ。
あれからもう長い年月が経ったのに百合は苦しんだまま生き、自分は幸せに暮らしてきた。
その事実は息吹を苦しめて、悩ませた。
「お母さん…私、幽玄町に住んでるんです」
「ええ、あなたの旦那様にもお会いしたわ。その…とても…」
「ふふ、怖かったでしょ?あの人いつも難しそうな顔してるけどとっても優しいんですよ」
「そうね、あなたのことをとても気にかけていて…いい方だったわ」
「幽玄町に…来て頂くわけにはいきませんか?」
――幽玄橋を自ら渡る者は少ないが、居ないわけではない。
生きていくことに疲れた者、罪を犯して生きてきたがそんな逃亡生活に疲れた者――様々な理由で橋を渡って幽玄町に来ることはあるが、本当に稀なこと。
「いえ、それは…」
「お母さん、幽玄町はいつも妖が跋扈してる町じゃありません。人が普通に住んで、普通に暮らしています。主さまは彼らを守り、彼らを見守っています。もう長く生きられないのならせめて傍に…」
妖に耐性のない百合は橋を渡ることなど考えたこともなく、息吹の提案にただただ驚いていた。
確かにもう生い先短いが、妖はやはり怖い。
主さまは人型だったからまだ良かったものの、人型でないものが大半だ。
「ありがとう息吹…。でもいいの。あなたに会えたから私はもう…」
「そんなの…駄目」
「…え?」
息吹は強い口調で言い切ると、母の手を離さずまた晴明を振り返る。
「父様、お願いが…」
「いいとも、残りの生、ここで共に暮らしていくといい」
言いたいことを先に言われて息吹がふっとはにかむ。
主さまにちゃんと話をしなくてはならないが、心はもう決まっていた。

