主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 

迎えの牛車が玄関の前に止まると、息吹は不安そうに見上げてくる朔と輝夜の頭を交互に撫でた。


「行ってくるね。いい子でお留守番しててね」


「はい。母様、これ」


朔が手拭いを差し出すと、息吹はそれをありがたく受け取って大切に懐に仕舞った。


「主さま、朔ちゃんたちをお願いします」


「…ああ」


――あまり表情の動かない主さまだが、朔たちと同じように少し不安そうにしているのが分かる。

今まで危険なものから遠ざけてきてくれて大切にしてくれている主さまが自分の心情を心配してくれていることに感謝しつつ牛車に乗り込み、幽玄橋を渡って平安町の晴明の屋敷に向かった。

道中もずっと考えていた。

何と話しかければいいのだろうか?と――

正直言って“お母さん”と呼ぶことは憚られた。

実際捨てられた自分をまるで我が子のように育ててくれたのは山姫だし、主さまから今日実母に会いに行くことは聞いていたはずだが、山姫はまるでそんなことは知らないといった体でいつものように振舞っていた。


「母様…ごめんなさい」


きっといい気分ではないだろう。

それについては帰ったら山姫とちゃんと話をしなくてはならない。


「よく来たね息吹」


「父様…」


いつも朗らかで笑顔を絶やさない愛娘が緊張に表情を曇らせている様は晴明の胸を痛めた。

誰もがこの娘に幸せに生きてほしいと思っているし、実母など現れなければそうなっていただろうに。


「その…私の…お母さん…は?」


「奥に居るよ。心の準備ができたら案内しよう」


縁側にすとんと座った息吹は、かつて幼い頃ここに居た時庭に植えた花々をじっと見つめた。


会いたい半分、会いたくない半分。

けれどこのもやもやした気分を晴らすには会わなくてはならない。


――主さまや朔たちが背中を押してくれた。


だから今日会って笑顔で別れて幽玄町に帰る。

それを目的として、立ち上がった。