百合が寝ている客間に行った晴明は、今日ばかりは主さまは百合に会うまでは帰るまいと心に決めているのを悟っていて、腰を据えて説得にかかった。
「百合殿、まず息吹に会う前にそなたには乗り越えなければならぬ試練がある」
「なん…でしょうか」
「息吹の夫である主さまだ。主さまはこと息吹のことになると目の色を変える男なのだ。そなたが会いに来たと聞いて飛んでやって来た。私が立ち会う故、会ってはもらえまいか」
――主さま。
妖の頂点に立つ男で冷酷無比、情など一切ないと知られている冷徹な妖。
息吹がさぞつらい目に遭ってはいまいかと心配していたが――その子供たちはなんと健やかに明るく、そして自分の心の支えになろうと必死になっていたことか。
あんなにまっすぐな子になったのだから、主さまは子を慈しむ心は持ち合わせているはず。
娘に会いに来たこの気持ちを分かってくれるはず。
「…会います。でも、怖い…」
「無表情故怖いと感じるかもしれぬが、そなたの心情は慮るはずだ。百合殿、私は幼少時代に主さまの元で育った。常に見守ってもらい、不器用故膝に乗せてもらったり頭を撫でられたりなどということはほとんどなかったが、主さまと息吹の間に生まれた子らはそれをしてもらっている。とにかく会ってやってほしい」
晴明の説得に少し考えた百合だったが、まずは主さまに会わなければ息吹に会えないという事実がある。
「分かりました…」
緊張して唇を震わせている百合の肩に羽織をかけてやった晴明は、客間の出入り口でじっと待っていた主さまに声をかけた。
「いいぞ」
「……お前が…息吹の実母か」
「…っ!」
入ってきた男の冷たい声色に抑揚はなく、驚くほど細身で背が高く、長い髪を緩く束ねて月のように冴え冴えとした美貌の男だった。
「…俺が息吹の夫だ。お前が何をしに現れたのか、問いに来た」
――百合は床から出ると、畳の上で額がつくほどに頭を下げて声を震わせた。
「恥を忍んで娘に…娘に会いに参りました…」
見た瞬間、思った。
息吹にとてもよく似ていると。
「百合殿、まず息吹に会う前にそなたには乗り越えなければならぬ試練がある」
「なん…でしょうか」
「息吹の夫である主さまだ。主さまはこと息吹のことになると目の色を変える男なのだ。そなたが会いに来たと聞いて飛んでやって来た。私が立ち会う故、会ってはもらえまいか」
――主さま。
妖の頂点に立つ男で冷酷無比、情など一切ないと知られている冷徹な妖。
息吹がさぞつらい目に遭ってはいまいかと心配していたが――その子供たちはなんと健やかに明るく、そして自分の心の支えになろうと必死になっていたことか。
あんなにまっすぐな子になったのだから、主さまは子を慈しむ心は持ち合わせているはず。
娘に会いに来たこの気持ちを分かってくれるはず。
「…会います。でも、怖い…」
「無表情故怖いと感じるかもしれぬが、そなたの心情は慮るはずだ。百合殿、私は幼少時代に主さまの元で育った。常に見守ってもらい、不器用故膝に乗せてもらったり頭を撫でられたりなどということはほとんどなかったが、主さまと息吹の間に生まれた子らはそれをしてもらっている。とにかく会ってやってほしい」
晴明の説得に少し考えた百合だったが、まずは主さまに会わなければ息吹に会えないという事実がある。
「分かりました…」
緊張して唇を震わせている百合の肩に羽織をかけてやった晴明は、客間の出入り口でじっと待っていた主さまに声をかけた。
「いいぞ」
「……お前が…息吹の実母か」
「…っ!」
入ってきた男の冷たい声色に抑揚はなく、驚くほど細身で背が高く、長い髪を緩く束ねて月のように冴え冴えとした美貌の男だった。
「…俺が息吹の夫だ。お前が何をしに現れたのか、問いに来た」
――百合は床から出ると、畳の上で額がつくほどに頭を下げて声を震わせた。
「恥を忍んで娘に…娘に会いに参りました…」
見た瞬間、思った。
息吹にとてもよく似ていると。

