主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 

「橋を渡りたいんです。いいですか?」


「渡ってどこに行くんだよ。目的もなくお前たちを平安町に入れることはできない。何が起きるか分からないからな」


「何も起きない。輝夜の言う通りにしてやってくれ」


朔に何度も袖をつんと引っ張られて駄々をこねられると、雪男もその我が儘には弱い。

何せ朔と輝夜はもう我が子のような感覚なため、主さまに後でものすごく怒られることは分かっているのだが――赤鬼と青鬼の前でがりがり髪をかいて山のように大きな二匹に笑いかけた。


「ちょっと晴明の所に行ってくるから通るぜ」


「歩きでか?主さまの許可は…ああ、まあお前なら大丈夫か。通れ」


百鬼の誰もが雪男には全幅の信頼を置いている。

それを逆手にとったこの行動は雪男の良心を痛ませたが、いつも笑顔の輝夜が表情を曇らせているのは個人的にはかなり嫌だった。


「輝夜、納得したら帰るんだぞ。いいな?」


「はい。ありがとうございます」


雪男がふたりに手を伸ばす。

ふたりが雪男の袖を握る。

幽玄橋をゆっくり渡り、いつもは牛車で通るため見ることがない橋の下の川の様子を見たりしながら渡りきると、平安町側の人々が驚きに声をあげて人垣が割れた。


――幽玄町から人が渡ってきた――いや、そもそもそれは許されていない。

許されているのは主さまに嫁いだ息吹とその子供たちと妖のみだ。

幽玄橋から渡って来る妖は絶対に人を殺めないが、恐ろしく容姿の整った男とその子供たちは確実に主さまの関係者と分かる。


「兄さん、こっち」


幽玄橋からまっすぐに一本大きな通りがある。

輝夜はそっちには目もくれず、細い路地裏の通りを指した。


「そっちは住居が立ち並ぶ道だぞ」


「いいんです。こっちなんです」


輝夜には不思議な力がある――それは疑いようがない。

雪男はふたりの手を引いて歩きだす。

最大限の警戒をしながら。