バスが出るまで、まだ少し時間があった。

 結局、手にした雑誌と、インスタントラーメンを買って、備え付けのポットのお湯を注ぎ、そのコンビニエンスストアの駐車場で立ち食いした。


 バスを遠くに見ながら、小脇に挟んだ雑誌を肌身から離さず、ラーメンの汁を最後まで飲み干した。


「ねえ、こっちも向いてよ」


 声のする方を向くと、店の外壁に貼り付けられた、防火ポスターがあった。


 銀色の防火服を着て、ヘルメット越しに垣間見える茶髪のショートが愛くるしかった。おそらく、アイドルだろう。仕事とはいえ、不馴れな手付きでホースを持ち、僕を見上げている。


「火の用心だよ?」

 そのポスターが言った。

 まるで、相手に告白するかのような、不安で堪らないところを隠し、明るく絞り出したような、それも一生懸命な声。

 アイドルの基本は、相手に対し、あくまでも同級生の目線で、友達感覚。話掛けられて、一瞬、僕はドキッとしたが、そのポスターには、大きな字で目立つように、「火の用心」と書かれていた。


「知ってるさ」


 自分の口から、湯気が漏れた。
 僕は空になったカップラーメンの器を右手に持ったまま握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。


「ウチは古いお寺だったんだ。だから、火が付けばすぐに燃える。伝統ある寺と、僕たちの住居が、あっさりと灰になる。僕の両親は、火の取り扱いには、特に厳しかったんだよ」


 無意識に右手の人指し指の付け根を押さえ、ホースを持つ彼女に、僕は微笑み返した。付け根を圧すと、僕は何故かリラックスする。

 彼女はというと、ポスターの世界に同化し、返事をすることはなかった。