僕は花畑を見渡した。
虹色の世界に、花の絨毯。
その中にぽつんと存在しているのは、僕と早苗先生の二人だけだ。
この世界で、空気を吸っている感じがしない。全てが匂いだった。ただ、それが心地好くさせる。まさに、救いであった。
「カミイ君……」
「はい」
「そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」
先生は唐突に言った。僕を心配しているような、そんな不安な声が耳に届く。花束から顏を起こし、僕を見る先生の眼差しは、今日再会した先生のそれに近かった。
「そうですね。でも、帰り方がわからないんです」
「いいことを教えてあげる。このお花畑、実は、境界なのよ」
先生の話し方は悪戯っぽくも聞こえた。それは間違い無く先生の言葉であるのだが、僕を巧みに惑わす言動にもとれた。
「境界なんですか」
「そう、だから、潜ってみればいいわ」
僕は言われた通り、先生の傍らの花畑に目を落とす。
僕がここに居てはいけないのは、なんとなく感じていた。
この花畑に囚われてしまうのではないかと、激しくも、それがゆったりとした時間の流れとしか認識できないほど、頭が回らない。
これは僕だけに起こっていることなのか?
違う。
そんなことは、もうとっくに自明である筈ではないか。
──早苗先生は精一杯、僕を救おうとしてくれている。
その時だった。
小さくて目を凝らさなければ見えない花粉が漂っていることに、初めて僕は気付いた。
今、はっきりと分かった。
やはり、ここに居てはいけない。
「早苗先生、一緒に行きましょう」
差し出した手に、先生は首を振る。
「私はもう、ここがいいのよ。ここでしか生きられないの」
「妹さんが、待っているんですよ」
多分、それほど感情の起伏のない世界で、僕は声を荒げた。そして早苗先生の手を掴む。
「えっ、幸恵が……」
早苗先生の表情に、微かながら生気が宿る。
「先生……、戻りましょう」
僕がそう言うと、早苗先生の方から握り返してくれた。
虹色の世界に、花の絨毯。
その中にぽつんと存在しているのは、僕と早苗先生の二人だけだ。
この世界で、空気を吸っている感じがしない。全てが匂いだった。ただ、それが心地好くさせる。まさに、救いであった。
「カミイ君……」
「はい」
「そろそろ、帰った方がいいんじゃない?」
先生は唐突に言った。僕を心配しているような、そんな不安な声が耳に届く。花束から顏を起こし、僕を見る先生の眼差しは、今日再会した先生のそれに近かった。
「そうですね。でも、帰り方がわからないんです」
「いいことを教えてあげる。このお花畑、実は、境界なのよ」
先生の話し方は悪戯っぽくも聞こえた。それは間違い無く先生の言葉であるのだが、僕を巧みに惑わす言動にもとれた。
「境界なんですか」
「そう、だから、潜ってみればいいわ」
僕は言われた通り、先生の傍らの花畑に目を落とす。
僕がここに居てはいけないのは、なんとなく感じていた。
この花畑に囚われてしまうのではないかと、激しくも、それがゆったりとした時間の流れとしか認識できないほど、頭が回らない。
これは僕だけに起こっていることなのか?
違う。
そんなことは、もうとっくに自明である筈ではないか。
──早苗先生は精一杯、僕を救おうとしてくれている。
その時だった。
小さくて目を凝らさなければ見えない花粉が漂っていることに、初めて僕は気付いた。
今、はっきりと分かった。
やはり、ここに居てはいけない。
「早苗先生、一緒に行きましょう」
差し出した手に、先生は首を振る。
「私はもう、ここがいいのよ。ここでしか生きられないの」
「妹さんが、待っているんですよ」
多分、それほど感情の起伏のない世界で、僕は声を荒げた。そして早苗先生の手を掴む。
「えっ、幸恵が……」
早苗先生の表情に、微かながら生気が宿る。
「先生……、戻りましょう」
僕がそう言うと、早苗先生の方から握り返してくれた。



