オフセットスマイル

「ところで……上井君。上井君は、どうしてこんなところまで、やって来たの?」


「どうしてって、そんなこと言われても……、僕にも分りませんよ」


「そうなの?」


 早苗先生の表情から、笑顔が消える。僕の何を期待していたのだろうか。


「早苗先生こそ、何でこんなところにいるんですか?」


「せんせい? 先生も……、分らないの」


 俯(うつむ)いて、花束を掴んでいた手がだらりと下がる。

 少し微笑んでくれたが、僕には抜け殻のような笑顔にしか見えなかった。


「そういえば、僕の連れを知りませんか?」


「お連れさん?」


 もう一度花束を持ち上げ、殆んど顏を埋めるように、匂いをかぐ。先生の表情が自然に和らいだ。


「覚えていませんか? 鮎川珠子です。僕と同じクラスメートだった……少し垢抜けた生徒で……分かりますか?」


「鮎川さん……? ああ、覚えているわ。鮎川珠子さんね」


「多分、一緒に来ている筈なんですが……。ちょっと変わった格好をしていて、目立つと思うんです」

 僕は珠子を思い浮かべる。案外、この花畑なら、変な格好とも言えないんじゃないか、と思った。


「あら、誰も見かけなかったわよ」


 素っ気ない返事だった。先生の心の大半は花に占められ、真剣に考えてくれているようには見えなかった。