山焼きの日、僕は自分のカメラと、家の奥にあった何に使うか分からない太い三脚を持ち出し、山に向かって構えた。

 寒い夜だった。開始時刻になり、何の前振りもなくちろちろと点火された。その炎がいくつか点在し、星の煌めきにも見えた。

 点が線になり、やがて面になる。抜群の撮影スポットに陣取った僕は、炎の広がりを美しく捉える事が出来た。


「本殿を……この寺を修復し、末永く後世に残したい」

 ふいに、父が言ったことばを思い出した。

 それは、寄付を募る前の話だ。

「大切に守っていかなければ、意味がなくなってしまう」

 食卓で、父は言ったのだ。

「意味? 何の?」

 僕は単純に聞き返したつもりだった。しかし、父は酷く不機嫌になり、「ばかもの」と叱り付けた。

 反抗期だとここいらで喧嘩になるのだろうが、僕はそうではなかった。

「ごめん、父さん」

 箸を置いて、僕はそう答えた。


 今更、何でそんなやりとりを思い出したのか、心当たりがない訳ではない。しかしとにかく、目の前の炎が、僕の頭の中を掻き混ぜるのだ。


 山は裾野から炎に囲まれ、夜空に火傷のような彩りを見せていた。

 朝に見た紅葉とはまた違う色。混ざり合っているのではなく、焦がしている。

 ふいに、涙が出た。

 いったい、どうしたというのだろう。

 他人の体を借りているような違和感ほどではないが、今の自分が、本当に分からなかった。