本殿があった場所の後方に視線を移す。すると、初めて見えたものがある。

 見慣れない景色。
 山だ。特別大きくもなく、高くもない。

 しかし、今まで隠れていた景色に違和感がある。

『そんなところにいたんだ』

 僕は正直に思った。


 山は赤と黄がよく混ざりあって、紅葉している。ほんのり残った黒に近い緑色が、ゴミのように感じる。


 そう言えばこの町では、もうすぐ野焼きを行う季節だった。山を焼くから、山焼きともいう。毎年、山を肌を焼いて豊作を祈り、作物の肥料にするのだ。

 町の行事に全く関心がなかったのだが、その山がたまたま視界に飛び込んで来たため、僕の中での事情が変わった。

 山焼きが行われれば、夜空を背景に炎の演出が始まるだろう。


 ひょっとすると、ここは特等席じゃないのか。

 なかなか想像が出来なかった。しかし、暫く眺めていると、それが間違いのない事が分かった。

 父のように、冷たい空気を吸ってみた。肺がそれで満たされると、息を止める。そして、目を瞑る。

 僕は既にいなくなった珠子の事を想った。

 彼女は今頃、いったい何をしているのだろうか。僕の手の届かない世界で、元気で暮らしているのだろうか……、と。

 再び目を開くと、今度は見覚えのある山があった。

『ずっとそこにいてくれ』

 心の中で、そう願った。