朱莉は健吾が言った通りに健吾の服を着ていた。
 そしてさっきまでのことは無かったかのように普通に離し始めた。

「ハリヤブランドのことを聞いてもいいですか?」

 本当はもっと話さなきゃいけないことがあるのに、そのことを聞かれなくてホッとした。

 俺はこんなに意気地なしだったのかと嘲笑する。
 もっと問題解決に常に意欲的だと思っていたのに。

 いつからこんな事なかれ主義になったんだ。

「ウェディングドレスのこと聞いちゃダメでした?」

 申し訳なさそうに言った朱莉に首を振って質問に答えた。

「大丈夫だ。
 ハリヤブランドは……そうだな。
 人外のためのウェディングドレスなんだ。」

「じんがい?」

「そう。俺みたいな人ならざるもの。」

 そうだ。
 こいつは人外を外人と勘違いしてたな。

 そのことさえも遠い昔に感じる。

「元々はうちの会社に居たんだ。
 女の方が人外で確か猫だったかな。
 男の方がひどく浮気性で、そいつは普通の人間で。」

 懐かしい顔を思い出す。
 そんな浮気男、やめればいいのにと男ながらに思った覚えがある。

 それでも……。

 女の方は心から愛していて。
 この人と結婚したいと言われれば反対する理由もなかった。

「もし結婚式の最中に猫耳が出たり、尻尾が生えても誤魔化せるウェディングドレスがあったらって。」

「浮気性の相手だと人でいられないんですか?」

「真実の愛が揺らいだらって心配してたよ。
 だから猫耳や尻尾が目立たない工夫をしたドレスを作った。
 元々器用だからな。
 作れるかもなと思ったんだ。」

「それで……実際はどうだったんですか?」

 真実の愛が揺らいだのか。
 それを心配しているのが手に取るように分かった。

 健吾は声を落として結果を告げた。

「杞憂だった。
 ずっと人のまま綺麗な花嫁だったよ。」

 美しいと思った。
 真実の愛によって守られた花嫁。

 それと共に不自由だと思った。
 知りたくもない事実を知ることになるかもしれないことが。

 少しでも心が離れれば人として姿を保つことが難しいなんて………。

「そんな始まりだったが、俺にも生きる道が見つかったと思った。
 次期社長なんてお飾りじゃなく、自分だけの仕事だからな。」

「お飾りなんて……。そんなこと……。」

 否定してくれても首を振るしかなかった。
 派遣会社の仕事が嫌いなわけじゃない。
 ただオヤジとは関係ないところで勝負したかったんだ。