「シバケンって彼女いるの?」

「いないよ」

私がなかなか話しかけられないでいるうちに友人は気安く話しかけるようになっている。ぎゃあぎゃあと騒ぐ友人の端っこで私は何も言えないまま会話に溶け込みたくて笑っていた。

「うっそー、ほんとにいないの? シバケン可愛いのにね」

「可愛いってなんだよ……君たち、もう帰れよ」

シバケンはそんな私たちに呆れながらも笑顔だった。

柴田健人。それがあのとき守ってくれたこの若い警察官の名前だ。いつの間にか誰かが名前を聞き出して、そのうち『シバケン』なんて呼ぶようになっていた。年齢は23歳で彼女がいないということが今わかった。私が直接得た情報じゃないのが悔しく感じてしまう。

この駅前交番にはシバケンの他にも二十代、三十代の若い警察官は何人かいた。それでもシバケンは人気者だった。年が一番近くて、笑うと目尻が垂れて、名前の通り柴犬みたいだった。顔だって整っている。恋愛経験の少ない女子高生には必要以上にかっこよく見えた。芸能人よりも現実に近づくことのできるイケメンだ。からかうと照れる反応が見たくてみんなシバケンに話しかける。
けれど私は積極的に話すことはなかった。年上の社会人なのに親しみやすいシバケンともっと近くなりたい。そう思っていたけれど、仕事中にこんな風に気安く話しかけるのは迷惑じゃないだろうかと不安にも思ってしまう。シバケンに鬱陶しがられることは嫌だった。今だって帰れと言われたのに帰ろうとしない友人にハラハラする。