あまりの気持ち悪さに咄嗟に腕を振りほどいたけれど、おじさんは私と友人から離れようとしなかった。今度は隣にいる友人の腕まで手を伸ばし「お金かして」としつこくせびったけれど友人は慌てておじさんから腕を隠すように背中に回した。
怖くなって助けを求めようにも、混みあったホームで私たちの様子を窺う人はいっぱいいても助けようとしてくれる大人は誰もいなかった。私たちを横目に開いたドアからどんどん電車に乗り込んでいく。駅員も近くには見当たらない。

「逃げよ!」

友人は叫ぶと今度は私の腕を掴んでホームを走り出した。既にドアが閉まって走り出そうとする電車にはおじさんに気をとられて乗ることができなかった。私は友人に引っ張られるように走った。数メートル走って振り返るとまだおじさんはふらつきながら私たちを追いかけてくる。

「ねえ、警察に電話しよ」

怖くなった私はそう声をかけて、友人の返事を待たずにカバンからスマートフォンを出して画面の『110』をタップした。耳元で聞こえる女性の声に「あ、あの、今駅で変な人に追いかけられてます!」と慌てて状況を伝えて助けて欲しいと必死に訴えた。その横で友人は息を切らしながら私の電話のやり取りに頷き、怯えながら迫ってくるおじさんを見ていた。

「駅前交番からすぐに警察官を行かせます」との言葉に安心して電話を切ると、おじさんはホームに座り込んで動かなくなった。数メートルの距離を保ったままそれ以上私たちに近づいてくる気配はなかった。