扉を開けてベランダへ出ると、くたびれた雑巾みたいな色の空が一面に広がっていた。

 凛、と冴えた冬の空気と雨の匂い。
 私はベンチに座って煙草に火を点け、深々と煙を吐きだした。どんよりとした空からそのまま視線を下へ辿る。
 傘をさしながら買い物袋を抱えて歩く主婦、憂鬱そうにバス停に佇むサラリーマン、信号待ちの車の列……。
 日曜でも街は動いているんだな、そんなことをぼんやりと考えながら、前夜の錯乱した自分を思い返す。
 
 思い通りにいかない恋愛。
 ふいに痛み出した左足。
 まるで今日の空みたいに靄がかかって何も見えない将来。

 ゆらゆらとさざ波のように揺れていた不安は、やがて高波のように押し寄せ、ついに防波堤を崩してしまった。

 癇癪を起こして物を投げるとか、お酒を呑んで酔い潰れるとかする代わりに、私はノートを広げて、どろどろの感情を思うままに書きなぐった。


 結局、そのままふて腐れて、いつの間にか眠ってしまっていた。
 
 バスが発車する音が下界から聞こえてくる。
 私はフィルターぎりぎりまで吸っていた煙草を消してリビングへ戻った。
 
 今日は日曜日。

 家族はまだ起きてこない。母とふたり、テーブルを囲んでのんびりと遅めの朝食を摂る。
 バターをのせたきつね色のトースト。煎れたてのコーヒーの匂いが鼻孔をくすぐった。
 
 こんな何気ないひとときこそが、幸福だと実感する。

 たとえまたすぐ不安の波が押し寄せるとしても。

 なんてことない。

 私は幸福なのだから。